HDMI(遺伝子組み換えでない)

いよいよ月末に迫ったアーマードコアVへ向けて、遅蒔きながらHDMIケーブルを購入。さっそくPS3とTVを繋げてみたわけですが……
なんだこれは!
あまり期待していなかったというのを差し引いても余りに劇的な(そう表現しても決して行き過ぎではないと思う)変貌にまずは唖然としました。目を見張るとはまさしくこの事。旧き佳き三色アダプタと比べると、特に解像度なんかはそれこそ段違いじゃないですか。全体的に発色が良くなったし、線や文字もくっきりして見え易い。アーマードコアfAでテストしたのですが、レティクルやダメージ・距離表示が目を凝らさなくても見える! これだけで最初の数分はスゲースゲーと小学生程度の感想しか発せられない状態でした。また今までベージュや藍といった色は白黒赤緑青の何れかに寄りがちだったのですが、微妙な色合いの違いも繊細に描き分けてくれてます。これでゲームすればそりゃ楽しい。一気に世界が厚みを増したといいますか、より実体感豊かにといいますか。
で少し感じたんだけれど、こうしてゲームは着実にバーチャリティをリアリティに変換してきている。しかしながらその事が寧ろゲームの『ゲーム性』を向上させている。今言うゲーム性というのはフィクション性というか、二次元性というか、例えばそういったもの。
だって一昔前までゲームといったらそれはこの世界に内在するものだった。彼らは間違いなくこの世界の内側──下側に入り込んだ要素の一つだった。彼らという存在の必要十分条件は“非現実であること”。しかしその横には小さな文字で“ただし現実を超越しない範囲で”と但し書きされていた。
でも、これも今となっては昔の話。ゲームワールドは箱庭の域を越え、今や『この世界以外のどこか』へと変態しようとしている、あるいは既に果たした。それが良いことか悪いことか、それは解らない。いつだって、本当のことというのは誰一人にも解らない。しかし実世界という集合から分離した外的存在へとなるにつれ、真の意味での架空を彼らは手に入れつつある。これは多分確かなことじゃないかなと、HDMIを繋げてそんなことを思う。