まともに狂った

かつて本との出逢いの場は病床だった。療後観察中の、不健康ではないが健康でもないというその時間は動き回ることもビデオゲームも許されなかった。かといって眠ることも出来ず、じっとひたすら暇を持て余しているようなとき、親はよく小説をどこからか運んできては俺に与えていた。
そういうわけで、俺は体調を崩すと紙の匂いを嗅ぎたくなる。村上春樹ねじまき鳥クロニクル』を買った。はじめて読んだのは六、七年だけ遡った頃で、この作品が俺にとっては最初の村上春樹だった。長編がやたらと話題にされる作家だけれども、数ページほどの(或いはそれにすら満たない)ユーモラスでナンセンスないくつかの掌編も非常によくできている。文章で誰かに声を上げて笑わせるのは、これが案外むつかしい。