カノープスだった

使っていたシャーペンがハイレーザーライフルに進化する夢を見た。わけがわからないのでここに書いておく。


こういうところでは、脈絡を無視して全く関係ない話を続けてもいいことになっている。
だから小川一水も述べているように、キーボードとディスプレイはインターフェイスとしては惰弱です。電脳世界の向上(何を以て向上とするのか。ここでは絶対的没入感への接近すなわち向上としておこう)をテーマとしたとき、これらインターフェイスの多彩化──複雑化というのは当然成就されるべき案件だろうという意見が、おそらく多数を占めると思う。
きちんと統計を採ったわけではない。というかそんなもの採ったことがない。でもそう思う。というのは、やっぱりフィクションで『サイバー』といったら、もっとずっと現実に肉薄したものだからで。こういった、ある言い方をすれば「バーチャルの、今次元世界への憧れとコンプレックス」みたいなものは多かれ少なかれ存在していると確信する。あまりコンピュータに知くない人達でも、コンピュータの進化といったら、やはりインターフェイス変革をぼんやりと連想するのではないか。映画『マトリックス』みたいなイメージで。
「僕たちの知っている仮想世界」とは違うものが、星の数ほどの作品の中で具現化している。だから俺たちはそこへ向かって邁進する。悪いことじゃない。健全な動きだと思う。でも、心配なこともある(なんだか意見文めいてきてしまった。こんなはずではなかった)。
まず一つにはサイバーテロの活発化がこわい。サイバーテロ。今でこそ嘘寒い句だけれども。
仮にフル・バーチャルとセミ・バーチャルとヌル・バーチャルの価値を等式で繋げてしまうような惨劇もとい革命が勃発したとして、その黎明は混沌という平線から昇る。俺は日本人なので日本の心配をするが、そうなれば全国何人というニート達は間違いなく報復を開始する。それらの多くは足並みばらばらの、勢いに任せた、行軍とも呼べない徘徊に過ぎないかもしれない。だが、彼らはこの時点で間違いなく最強である。永遠にも等しい時間をネット内で過ごし、むせかえるような電脳濃度の中を泳いできた。身に染み付いた慣習と経験則は、全てを畏れ何一つ恐れない最強の個人へと彼らを昇華させる。

いま一つこわいもの。匿名性の喪失がこわい。仮想としてのバーチャルを死に至らしめるこの病は、今なお進行中である。「mixiやってる?」って、もはやハラスメントだと思う。訊かれたことねえけど。
こういうところでは、脈絡を無視して全く関係ない話を続けてもいいことになっている。
だからネット上を実名で跳跋する輩の神経は未だに理解出来ない。プロならまだしも一般人が生身を晒す理由がどこにあるというのだろう。せっかく第二自己を得る機会を与えられたのに、それを自分からかなぐり捨てるとは。ある意味尊敬に値するとすら思う。強いのか或いは鈍いのかは知らないが。