ニート、物を買う

DSソフト『ソラトロボ』(バンダイナムコゲームズ)
守月史貴疾走れ、撃て!』漫画版(MFコミックスalive)
TOBI『屋上姫』(FLEX COMIX)
尚村透失楽園』2・3(ガンガンコミックJOKER)
以上の品を購入する。

まず『疾走れ、撃て!』に関して。販促の役割を十分に果たし得る出来だったと思う。しかしこれもメディアミックス系の宿命なのか、すこし駆け足気味というか描写の厚みに物足りなさを覚える部分はやはりあった。無念。
人気作と呼ばれるものを見れば自明のように、ライトノベルはネタが命である。着想が良ければ、例えばテーマ性や展開、文章力などについてはあまり気にされないようだ。同じ作品内で断続的に事件を発生させ続け巻を水増しするのは、せっかくのネタを一巻そこらで終わらせたくないという気持ちの表れだろう。それは愛着かも知れないし、打算かも知れないし、或いはまだその作品内で書き足りないことがあるのかも知れない。それは分からないし、大した問題でもない。
問題は、愛着や打算や意欲だけで即座に文章は良くならないことである。こんなことを発信すると「ライトノベルで文章力(笑)」などと詰られるのだが、ラノベだろうが中身は整っていた方が良いに決まっている。文章は良くならないのに、巻数は増えていく。あまつさえ売れる。由々しき事態と言えよう。
ライトノベルに限らず、ほとんどの小説はゴミに等しい。文芸界隈には三%ずつほど良作と地雷が存在し、もう二十%が凡作、残念ながら残りは全て糞である。各々の琴線に触れる作品を探すことはゴミの山から宝物を拾い上げることと同義。つまり大変難しい。
ライトノベルにおいて糞を糞足らしめているのは多くの場合表現力の欠乏だと考える。「このラノベは物語よりキャラクター重視」? よろしい。だが女の子を戦わせるのが目的にしろ女の子とイチャつくのが目的にしろ、その見せ方が残念ではキャラクターの魅力にしたって著しく損なわれるのは自明。少し前にも述べたが、キャラクターが作品を構成する重要な要素であるように、作品自体の良し悪しもまたキャラクターの出来を左右し得る。表現力に欠いてはキャラクタ小説と言えども良作とはなり得ない。しかし作家のそうしたスキルは成長が実に緩やかだ。ではどうするか。表現を他者に委ねれば良い。早い話が漫画化ということになる。
飽くまで推測だが、販売促進効果は多分にアニメ>漫画であるような気がする。視聴するのは無料だし。なのでこの際、販促の仕事は映像の方に任せてしまえば良いのにと思う。映像化へのステップとしてではなく、原作のダイジェスト版としてでもなく、どうせならきちんと一つの作品として十分な枠を確保してやってほしい。より純粋な意味でのコミカライズは糞を凡作へ、ともすれば良作へ、昇華させる。

失楽園』ならびにその主人公については未だ語る言葉を持たない。色々言われてるけど個人的には最終巻が楽しみです。あと小芦さんがドツボです。

ソラトロボ』は『無限航路』と悩んだ末の購入。そして説明書で僕っ娘発見。しかもどうやらメイン寄り。ついに無意識に僕っ娘センサーが働くようになってきたのだろうか。無限航路の二〇〇人以上の登場人物、というのにも大分心惹かれたけれどね。明日以降がつがつプレイしていきたい。というかこのネコヒト、雄じゃないよな……後藤沙緒里だしな……うん、大丈夫だろ。

『屋上姫』。タイトル買いだった。屋上に追いやられた人生水際苛められっ娘の話を、個人的には期待していた。冒頭の花束を投げ捨てるシーンなんかそういうキャラクターにぴったりだと思ったのだが、まさか僅か数ページで夢潰えることになるとは。
ヒロイン「屋上姫」は、高校の生徒会長である。しかも才色兼備で公正公平、心優しく人望篤い、そんじょそこらの生徒会長である。その生徒会長と冴えない眼鏡の一年坊の行き違いすれ違い……ストーリーのメインはこんな感じ。平凡だろうか。確かに。俺もはじめは、思い描いていたのと違っていたので少しがっかりした。でもはっきり言ってそんなものは二の次なのだ。本作において最も重要なのは、「屋上」という場所。次に「姫」という概念。キャラクターやストーリーといったものは後から付いてきたものだということは、巻末の作者コメントからも容易に想像できる。

「屋上」が好き。「姫」も好き。じゃあどっちも混ぜちゃえよ! そんなこんなの「屋上姫」です。

作品の核なだけあって、それらの描写は軒並み心揺さぶる。中でも扉のカラー絵や最後の大コマなどは秀逸だ。屋上の最も美しい姿は雨上がりだと確信した。
それから、空や太陽を忘れずに挿れることでフレッシュな印象付けが為されている点にも留意したい。「姫」と「場所」、特に高所というと俺が先ず連想するのは『ラプンツェル』である。塔と屋上は同様に世俗と隔絶された箱庭としての性質を持っているが、ラプンツェルが幽閉された塔がごく閉鎖的な箱庭であるのに対し、屋上は開放的な箱庭である。開放的であることは屋上に不可欠な要因であり──つまり何が書きたいかというと全体的に素晴らしかったです。『イヴの時間』や『オーデュボンの祈り』、『サマー/タイム/トラベラー』などの愛好家におすすめしたい。繰り返すが、これは場所の物語だ。
期待とは少し違ったものの、むしろ久しぶりにタイトル買いで当たりを引いたように思う。続刊に期待する。