八十五/少年よ乳歯を抱け

今日の出費
食費 なし
雑費 なし
合計 〇円


自転車漕いでると、突拍子もない思念が入れ替わり立ち替わり現れる。たとえば今日は乳歯という単語が頭から離れなくなった。
『乳歯』。こんなにピュアかつコケティッシュな言葉は『蛇苺』くらいのものである。何が良いと言って、“乳”の部分が素晴らしい。つやつやしていて、白すぎない白、やわらかく暖かい。神聖無垢なるイメージに満ち満ちている。
このとき俺が連想するのは特に犬歯である。日常的に自分の凶悪な犬歯を目にしているが故のリバウンドかもしれないが、こいつは臼歯のような複雑なかたちをしているわけでもなし、門歯のような軽薄で偉ぶった感じもなし。実にスマート、そして本能的ではないか。こいつでうっかり舌を噛んだりすると、まさしく「穿つ」という表現がしっくり来るような無残な傷痕ができるのだが、それも乳歯だと思えば途端に愛くるしくなるというものだ。
『乳歯』を語るうえではやはり『甘噛み』を忘れてはならないだろう。というよりも、どっしりとした責任と重圧を感じずにはおれない『永久歯』と『甘噛み』が致命的にアンバランスであるため、宿命的に『乳歯』・『甘噛み』という構図が浮かび上がってくる。
堅く冷たい永久歯が根を下ろした成熟した歯茎では、甘噛みなど不可能である。真似事すらおぞましい。おとなの歯は生野菜でも食んでおればよい。やはり乳歯あってこその芸当なのだ。ああ、乳歯に甘噛みされてえ。具体的にどこを、とは言わないけれど。