どんなものにも中毒性はある。ということを、僕はいま痛感している。
メープルシロップは何かに垂らして使うものである。大概の人間はきっとそうする。パンケーキとか、ビスケットとか、ラム酒とか。すくなくとも小さじに掬ってそのまま口に運ぶような代物ではない。シロップの成分はそうする為に調節されてはいないし、人間の身体だってそれを許す風にはできてない。
とりあえず身体によくないし、財布にもあまりよくない。なによりそんなに美味しくない。甘すぎる、女子中学生の描いた恋愛小説のように甘すぎる香りが口内を蹂躙してゆく。糖分でなんだか舌がざらざらしてくる。鼻血が出そうである。こんなメープルシロップの楽しみ方はすこし間違っていると思う。あるいは、とても間違っているのかもしれない。それでも、もう僕はこれをやめられないらしい。最早やめようとすら思っていないのがその証左であろう。早くも開き直っている。
今はまだティースプーンに一杯ずつで済んでいるけれど、そのうち面倒になってきて、瓶ごと皿か何かに空けてしまうんだろう。そして大きな木のスプーンでお伽話の熊さながらにシロップを飲み始めるのだろう。まあ、運が悪かったと言うべきか。甘いものは人を虜にして止まない。そんなものに捕まってしまった僕は運が悪かった。
せっかくなので教訓めいた話をひとつ。このような時は、つまり何らかの悪魔的な魅惑に取りつかれて尚且つそれに警鐘を鳴らす自分がまだ生きているような時には、寝てしまうのがいいと思う。寝て忘れてしまうのがいい。もし一眠りしてもまだ同じ欲求に渇いていたなら、それはもう腹を決めて腰を据えてしまうべきだ。なにしろ覚悟は早く決めるに越したことはない。定期試験を諦める覚悟とか、単位不足で留年する覚悟とか。なお親類への言い訳は三通りくらい考えておくことをおすすめする。
とにかく、無数の誘惑や困難をやりすごしながら我々は生きているということを書きたかったんだ。カナダに行きたい、と僕は思った。